退職勧奨について

 退職勧奨とは、会社と従業員相互の“合意”によって従業員が退職するように、一定の割増退職金等を提示しつつ会社が行う、退職の働きかけのことです。外資系企業、もしくは外資系と同様に高給での採用を行う一部の日系金融機関が人員を削減しようとするとき、まずは退職勧奨を行うケースが一般的です。
 以下では、通常の退職勧奨の態様、会社側の姿勢、従業員側が取るべき対応などについて、Q&Aでご説明します。

退職勧奨Q&A

Q:外資系企業における退職勧奨の典型例は?

A:会社は、リストラ対象者となった社員を突然呼び出し、数ヶ月で退社する旨の書面にサインすることを促します。
 その場でセキュリティーカードを返却させ、パソコンへのアクセスを遮断し、再度のオフィス入室を禁じ、自宅待機を命じるという強硬な策に出ようとすることもあります(特に、金融業界においてはこのような手法が一般的となっています)。
 なお、退職勧奨に先立って、PIP(=Performance Improvement Program, 業績改善プログラム)、配置転換や担当業務の縮小が前置されることもあります。 

Q:退職勧奨の問題点は?

A:退職勧奨は、従業員の任意の意思を尊重する態様で行われなければなりません。半強制的な方法や執拗な勧奨行為として社会通念上の許容限度を超えるものは、民法上の不法行為や権利濫用行為を構成し違法となります。。
 しかし現実には、以下で述べるとおり、従業員の任意の意思の尊重からはほど遠い、半強制的としか評価のしようが無い方法が多く用いられていることが問題となっています。

 

Q:会社は、「退職したくない」という従業員の意向を聞いてくれる?

A:退職勧奨は、建前上は“合意“によるプロセスとはいえ、一度リストラ対象者に選定した以上、会社にはその者を再び従業員として受け入れる気は毛頭ありません。
 したがって、対象者がもし「退職したくない」と返答したとしても、会社がその言い分に耳を傾けることは無いでしょう。

  

Q:「退職勧奨には絶対合意しない」と返答したら?

A:それでも、対象者を何としても退職させるという、会社の決意が揺らぐことはありません。
 そのため会社は、対象者が本来であれば「解雇」の対象であると主張して、退職に合意しなければ解雇の手続きに移行すると告げたり、その前に自発的に辞めた方が金銭的に得であるなどと述べるでしょう。また、会社と長く争うと転職時の評判に影響するなどと示唆して、無理に合意を促そうとすることも実際に起こっています。
 他方、従業員からの割増退職金(いわゆるパッケージ)の増額希望に応じることについて、会社は極めて否定的です。一定の予算枠があること、増額したことが他のリストラ対象者に知れ渡ると収拾が付かなくなること、等が主な理由です。

 

Q:その後、会社はどんな対応をしてくる?

A:退職勧奨のやり方や内容、会社の言い分に納得がいかない場合、対象者としては、なぜ自分がリストラのやり玉に挙がったのか、会社はリストラを避けるためにどのような努力をしたのか、などを会社に尋ねるかもしれません。これらを問うことは、社員として当然の権利です。
 しかし、残念なことに、会社がきちんとした説明をすることはあまり期待出来ません。書面はおろか、口頭で回答を求めても、具体的に答えてくれるケースは多くはありません。
 それどころか、むしろ対象者からの質問を放置する、話を全く聞かない、説明を行うにしても事実に反する主張や不合理な主張に終始する、とにかく辞めて欲しいの一点張りを続ける、グローバルからの決定のため変えられないと繰り返す、後から理由を付け足すなどといった、誠意を欠くとしか思えない対応を続ける可能性のほうが高いのが実情です。

 

Q:会社が冷淡な対応を取る理由は?

A:なぜ外資系企業は、これまで真面目に働いてきた従業員に、このように冷淡で誠意を欠いた態度を取るのでしょうか?そのヒントは、海外とは異なり、日本においては従業員解雇のハードルが極めて高いことにあります。
 会社の人事担当者は、日本の労働法の下では従業員の解雇を簡単には行えないことを十分に知っています。しかし、グローバルな指示系統からの人員削減の要請に応えるべく、無理を承知で、あなたに退職を迫っているのです。
 また、このような方法で機動的に人員を削減できたという過去の悪しき実情から、日本拠点独自の決断で、法的リスクがあることを知りつつ恣意的な退職を迫る事例もしばしば起きています。
 無理があることを承知で、法的リスクの可能性を認識しつつ退職勧奨を行っているから、従業員の問いかけに正面から誠実に答えることなど出来ません。下手に説明を行ったばかりに、墓穴を掘ることを避けたがるのです。

 

Q:会社側の基本的な戦略は?

A:上で述べたとおり、リストラ対象となった者からの問い合わせに正直に答えることは、会社にとって得策ではありません。後に問題が司法の場に持ち込まれた際に、会社側に不利となる証拠を残すことになりうるからです。
 むしろ、会社が故意に誠意を欠く対応を続けたり、誰の目から見ても明らかに不合理な返答を続けるうちに、リストラ対象者が腹を立てストレスを溜め、「こんな不誠実な会社、自分から辞めてやる!」と呆れ果ててくれることを待っています。
 また、対象者が、次の仕事を見つけ、十分とは言い難いパッケージと共に自分から会社を去るのを待っているのです。

 

Q:なぜ、このような会社側の戦略がまかり通るのか?

A:それは、会社と従業員との間の、法律に関する知識・情報の非対称性が著しいからです。
 会社側の主張が不合理であるにも関わらず、「世界的な規模の会社が行うことだから、弁護士にも確認しているだろうし、法的にさほど間違いはないのだろう」と思ってしまう方や、「自分は法律のことは知らないし、特に相談できる人も見当たらない、退職勧奨時に渡されるレターや、就業規則も実はよく理解していない」などという従業員の方が、少なからず居るのです。
 ただし、激しい競争原理が働く高ストレス環境の中で日々働いておられる皆様が、必ずしも法律に通じていないとしても、それは仕方の無いことだと思います。

 

Q:では、このような会社の手法は正当なのか?

A:私は、以上のような会社のやり方は真の“合意”に基づくものではないし、むしろ“Unfair”だと考えます。
 たとえ、外資系の企業であろうと、もしくは外資系企業と同様の職能制度を採用している日系企業であろうと、日本で事業を行うべく社員を採用した以上、社員の法律知識の程度に関わらず会社は日本の法律を当然に遵守すべきです。
 実際の裁判例でも、「外資系企業が日本と異なる雇用文化を有するとしても、日本で行う解雇行為の適法性判断に影響を与えない」旨の判断を示したものがあります(東京高裁H25.4.24)。つまり、外資系企業の本国においては解雇が緩い条件で認められていたとしても、日本における解雇をちらつかせた退職勧奨や解雇そのものが、同様に緩い条件で許されるわけではないのです。

 

Q:では、退職勧奨を受けた従業員は、どうしたら良いのか?

A:まず、退職勧奨を受けた場合に、その場でサインすることだけは絶対に避けなければいけません。「落ち着いた状態で良く検討することが必要である」と会社側担当者に告げて、渡された書面を持ち帰りましょう。
 次に、会社側担当者に対して、自分がリストラ対象者に選定された理由、会社がリストラを行わなければならない理由、当該リストラの全体像(グローバル及び日本で他に行われているのか、自分だけが対象なのか)、マネジメントは当該リストラを避けるためのどのような努力を行ったのか、一定のパッケージが提示されたのであればその計算方法及び妥当性に関する会社の考え、などを問いただすことです。これらの問いに対する回答内容と、会社側が提示する退職条件を総合的に考慮した上、自分が今回の退職勧奨に心から合意出来るのか、退職合意書にサインすることに悔いは無いのか、じっくりと検討されると良いでしょう。
 もし、これらの問いに対する会社の対応ぶりが上述のとおり不十分であったり、およそ誠意を感じられない程度に留まる場合、また会社側担当者とのやり取りに強いストレスを感じるような場合には、弁護士の法律相談を受けることをお勧めします。
 そして、残念ながら会社側との話し合いが膠着状態に陥った場合には、外資系企業/金融機関の内情に関する知識と、法律知識の双方に長けた適切なアドバイザーを交渉役として採用することが、事態を打開するために残された数少ない手段の一つといえるでしょう。

 

Q:弁護士を代理人として雇い、会社との交渉を依頼すると、どういうメリットがある?

A:第1に、(往々にしてリストラ対象となった社員に対して冷淡で、あなたの要望に聞く耳を持たない)人事担当者とのやり取りをしないで良くなり、またいつでも専門的なアドバイスが得られるようになるため、精神面での負担が大幅に軽減されます。会社という巨大組織に対して、一社員が孤独に戦う必要が無くなるのです。
 第2に、弁護士は、①会社があなたを退職勧奨の対象とした理由の正当性や、②退職勧奨手法の相当性、③パッケージ金額の妥当性などを法律専門家としての見地から判断し、これらに対する反論を法的に意味のある形で構成して、会社に提示することが出来ます。特に、企業の内情や業界の実情に詳しい弁護士であれば、自らの知識と経験をもとに会社側の主張の矛盾点を鋭く指摘し、議論をリードすることが可能となります。
 その後は、あなたの希望(会社からの事情説明、パッケージの増額、合意退職までの期間の延長、復職、解雇を主張してきた場合の無効確認等)を軸に、会社側が当初提示した退職条件を撤回又は改善させるように強く働きかけつつ、双方が妥結できる落としどころを探ることになります。弁護士の介入によってパッケージの改善が認められることも多く、弁護士を雇うメリットは大きいと考えます(唯一のデメリットとしては、着手金の支払いが必要となることが挙げられます)。
 会社側が、あなたが弁護士を連れてくることを想定せず、不相当な理由ないし手法で退職勧奨を行っていた場合であれば、かかる対応の問題点を論理的に指摘してこれを改めさせ、さらに交渉のカードにも用いることが出来るようになる点で、弁護士を雇うメリットは更に大きなものとなるでしょう。

 

Q:外資系企業からの退職勧奨の代理人弁護士に、語学力は必要か?

A:弁護士の語学力に関しては、ネット上の翻訳機能の利用で十分である、日本法の理解が最も重要であるなどとして、特に重きを置く必要はないという見解もあります。
 他方、私は、これまでの外資系企業での勤務歴及び弁護士としての事案処理経験に照らすと、(仮に従業員の方がバイリンガルレベルであっても)以下の理由から弁護士も高度な語学力を備えていることが望ましいと考えています。
① まず、採用時のレター、就業規則、Performance Evaluation、同僚などからの360度評価、外国人上司や本国とのメールのやり取り、ボーナス・退職金・有給買取・RSU(株式を将来の一定期間に渡ってVestingしていく契約)等に関する規定などのうちの幾つかが英語で書かれている場合、これらを弁護士が原文で読んで深く理解し、その記載内容と会社側の主張との間の齟齬を見つけ、日本労働法規上の問題点として鋭く指摘することが可能です。これによって、従業員側の主張に強い説得力を持たせ、より大きな交渉成果の獲得に繋げることが出来ます。
② 会社が日本語を話すスタッフを人事や法務に置いていない場合、日本語を話すスタッフが居ても意思決定者が外国人である場合、会社が日本人の弁護士を起用しない場合(特に日本拠点が駐在員事務所であったり、比較的小規模の企業だと、このような状況が良く生じます)などであれば、従業員側の弁護士が、会社側担当者と英語でタフな交渉を行いつつ、合意内容を詰めていく必要があります。
③ 退職合意書が英語で作成される場合(企業規模の大小に関わらず、外資系企業においてはこのようなケースは非常に多く、日本語で退職合意書が作成されるほうが例外的です)、交渉によって獲得した内容がきちんと英文で反映されているか、解釈上の不明点が残されていないかを、弁護士が語学力と法的知見を活かして逐一確認する必要があります。
 退職合意書は、退職勧奨の交渉における最も重要な成果物ですので、依頼者の方と一緒に原文を“Four Eyes”で確認することによって、ご自身の権利保護に万全を期することが出来ます。

弁 護 士 福 田 太 一(T&F国際法律事務所)

広 島 弁 護 士 会 所 属

取扱業務:労働事件/一般民事事件/渉外事件/企業法務/顧問弁護士